「見守り活動」は千羽鶴みたいなものなんでないか

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PTAとか、見守り活動よくやってます。でもまーしかし、あの活動って、どの程度の効果があるのか、よくわからない。

 

松戸の事件のことはいったん横におきますけど、しかしまあ、そんな効果がはっきりしないものを熱心にやるのは、なんでだろう? とも思うわけです。保護者全員で当番組んでるところなんかもときどきありますね。

 

さっき思ったのが。

もしかすると「千羽鶴」折るのと、似てるかもしれない。

 

話がとびますが、3.11震災後、津波やら原発やらてんやわんやのとき(あっちに親戚が多いのです)、それこそ居ても立ってもいられず、千羽鶴を折ってたのです。子どもと。

 

そのとき「ああ、千羽鶴っていうのは、何かが心配でたまらない人が、自分の気持ちを落ち着けるためにあるんだな」と理解したのでした。千羽鶴もらう相手のことは、ほんとはあまり関係ないのかもなと。(いや喜ぶ場合もあるかもですけど)

 

見守り活動も、それと同じなのかもと。見守ってることによる、親自身の心の安定のために、という面がたぶん大きいんじゃないかなと。それだけ、とはいいませんけど。

 

だから、心配な人が自分でやる分にはいいんだけど、「全員でやろうね」というふうに強制しちゃうのは、単にその人が安心したいだけで・・(以下自粛)

 

 

・・・

*昨日のブログ、追記しておきました。ご指摘のみなさまありがとうございましたー


PTAそのものへのレッテル貼りも気を付けないとね、ていまさらですけど

 

先日、「見守りする父親にレッテル貼りしないように気を付けましょうや」という記事を書いたのですけど、「PTAそのものへのレッテル貼り」てのも、ありますよね。

 

「実際にPTA活動を経験して、ひどい目にあったからやめよう」なら、それはレッテル貼りではなく。それは経験して感じたことだから、その人にとっての事実で。

 

でもPTAに入る前、何も経験しないうちから、「PTA最悪、いらない」と決めつけるのは、それはやっぱりレッテル貼りですよね。

 

今日あるイベントにいってきたのですが、そこで荻上チキさんが「保留」を身につけよう、てなことをおっしゃってて、「あー」と思ったのでした。

 

そう、いったん保留にして、経験して、そっから考えてほしいなと。PTAといっても、現実はほんとに、いろいろだから。

 

別に、現状維持のために、そういってるわけではないのんですよ。

 

ただ、まずは経験したうえで、「なくすほどじゃないけど、ここはこう変えないとだめだね」とか、「いや、やっぱりなくさないといかんね」とか、それぞれ判断されたいよねと。

 

てな思いが、役員さんたちのなかに、あるんだよねきっと。みたいなことを、頭のなかでボヤボヤと。

自分も気をつけねばだ、レッテル貼り・・

 

★4/24補足★

ちょっと説明欠けてたので補足しますと。

加入意思確認がない、という時点で、ptaはダメだなと判断することは可能というか、それはレッテル貼りじゃないと思うのです。

 

そういうことではなく、加入意思確認のことなど全然関係なく、ただなんとなく人から聞いた話だけで(つまりレッテル貼りで)「ptaやだー」以上(思考停止)。という一般会員さんが多いので、そういう人たちはたぶん、せっかくPTAが加入意思確認をするようになったとしても、入らない選択をしちゃうだろうな、というところのシンパイでした。

 

そんなレッテル貼りも、これまでのPTAのやり方のせいではあるんですけど、でもそれはそれで惜しい気がして。

やっぱり、広報も必要、てことですね(ツイッターで指摘や補足くださったみなさまありがとうございました〜!)

★補足以上★

 

・・・

*昨日4/21は、産経新聞さんにインタビュー記事が、赤旗さんに大塚の原稿が掲載になりました。産経新聞さんのは、まだわたしがちゃんと文章にできてなかった辺りをとても丁寧に拾っていただいて、しかも写真・・わたしここまでうつりいいの珍しく、ありがとございます。。赤旗さんのほうの原稿は「やらない人ズルい!と思っちゃったら、手を抜いてね」てとこがポイントです(´-`)


某通信学習タブレット教材+αの部分にPTA的ななにかを感じた

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先日子どもがA社の通信学習のタブレットを叩き割った(悪夢にうなされたため)のを機に、B社のタブレット教材に乗り換えたんです。

 

タブレットが不安だったんだけど、B社ではipadが安く買えるとわかり、俄然乗り気に(IDつくれなくて大変だったんだけど)。

 

そしたらやっぱりB社、内容的には断然充実している。親向けの情報も子供向けの情報も、学習内容的にも。まあ予想どおり。

 

でもたぶん、A社がいま市場的には勝ってる? のでないのかな、雰囲気的に。

 

それ、なんでかな? と考えるに、B社は余計なものが多いの。無駄なわけではないんだけど、システムがシンプルじゃない。タブレットだけで済めばいいのに、紙教材もあったり提出物があったり、非常にややこしい。

 

内容が充実してても、その煩雑さが敬遠されてしまうのでは・・と思って。

 

でもきっとそんなこと、B社だってわかってるんじゃないかと思うのですよ。それでも続けてるのはなぜか。

 

想像ですけど(いやここまで書いたことも想像多いんですが)、少数の「続けてほしい」という声に負けているんじゃないか?という。

 

「赤ペン先生大好き!」という少数の古くからのファンや、赤ペン先生に誇りをもつ古い社員の声を無視できない、せいでなかろうか、と。(社名伏せた意味なし)

 

想像ですけど、それってすごくPTAぽいな・・と思ったのでした。ぽくない?

 

本日はいじょうでございます。

 

 

・・・

*ヤフーに「PTAで「入会意思の確認」を実現する方法 強制加入をやめるため“一般会員”にできることは?」「「見守り活動をする父親へのレッテル貼り」の危険と「学校やPTAの個人情報の扱いの甘さ」という問題」を書きました

*ウーマンエキサイトに「PTAって違法なの?「#PTAやめたの私だ」に見る苦悩【はじめてのPTA 第1回】」を書きました

それぐらいだったかな?

 

 

 


PTAはこうあるべきです、とは言えないと思うのなんでかな

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PTAについて「こうあるべき」みたいな言い方は、わたしは、なるべくしないようにしています。

 

取材受けて、わたしの発言が原稿になるときも、「〜べきです」という言葉があったら、「〜べきと思います」に修正してもらってます。「〜べきです」は、わたしは言えないので。

 

というか、誰も言えないと思うんですよね。言えるのは「〜べきと思います」だけ、じゃないのかな。

 

なんでですかねー? 

 

もうちょっと考え深めてみたいとこですけど、今日はここまでにしておきまーす。

 

 

・・・

キーボードが壊れたほうのPCに折り畳みのキーボードを外付けしてブログに初挑戦してますが、すでに2回データ飛ばしてるので、短めにいきます(;Д;) どうせ持ち歩かないなら、折り畳みじゃないほうの外付けキーボードでいいんだよな、次はそっちにしてみよう。ブツクサ。


強制じゃなく、できるだけいろんな人が共存できる組織にできたらベストてことかしら

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PTAの話って、かなりあらゆる人と、盛り上がることができてしまうのですよね。初対面の人とでも。

それってある意味、すごいことですよね。ほかにこういう話題、あんまりない。


以前、ロビ友(←ロビイング活動に関心がある友人)が、「いかに世間の関心を呼ぶか、いかに世論を盛り上げるかが、とても難しい」と悩んでいて(彼女のテーマは生殖技術だった)、そこで「あぁ、PTA問題って特殊なんだな」と、あらためて気付いたのでした。

 

PTAは、子どもがいる人なら、ほぼみんな関心がある。

それってなんでかというと、基本、全員強制加入・強制参加だからですよね・・ みんな関心を持たざるを得ない;

 

それ、全然よくないんだけど、わたしはそのおかげで、いろんな人と接点をもてているのも事実で。

 

だからってもちろん、全員加入でいいってことじゃなく。

 

どうならいいんだろう。強制じゃなくて、且ついろんな人が共存できる組織運営ができたらベスト、てことかなぁ。。

 

(考えるために書くタイプのひとです)

 

 

・・・

*4/4(火)から、上毛新聞(群馬)で「母業の今」(時事通信コラム)連載始まりました〜

*先週の「週刊朝日」に大塚コメント掲載されました、今朝の「朝日中高生新聞」にもコメント等が載ったようです


HKY(非常に空気に弱い人)向け、空気を読まないための心がまえ

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「HSP」というのを、最近知りました。

「繊細で敏感な人」だそうです。いや・・どエラくほど遠いんですけど(;▽;) でも説明を読むと、そこそこ該当箇所が。

 

たとえば、非常に空気に弱い。(HKY)

 

PTA総会とか運営委員会とかで、「空気読まない発言すっぞ」と張り切ってても、その場にいくと、いろんな人の表情からいろいろを察してしまって、用意した原稿の半分くらいしか言えなくなったりする。へたすると言いそびれる。

 

自分でも情けなかったんだけど、ああーでもそういう性質だったら、仕方なかったのかも。。

 

じゃあ、どうすればいいか?

 

そうだ、仕事だと思おう。講演のとき、何百人の役員さんたちを前に話せるのは、仕事だから。仕事だと思えば、大丈夫。

 

実際PTAのことは、わたしにとっては仕事ともいえるんだし。

 

さっそくその心構えでやってみたら、今日は、大丈夫でした。(今は詳細伏せます)

これで行こう。

 

 

・・・


いろんな人がいることが前提のPTAになるといいな、って何がいいんだろう

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間が空いてしまいました。ブログ書くときにいつも使ってるモバイルPCが壊れ、ちとやる気を失っていたのですが。やや復活(やる気が)。

 

PTA本2冊目『PTAがやっぱりコワい人のための本』の装丁のことを書きます。

水色の表紙の、ナゾの生物がうようよしているやつ。意味わからないですよね。でも、やっぱり「これいいな」って最近思って。

 

本の装丁、装画の発注って難しいです。最初にしっかりイメージ伝えとかないと、ありゃりゃりゃ、ということになってしまう。(もともと書籍編集者です)

 

じつはこれも、最初失敗しました。当初、デザイナーさんにちゃんとイメージが伝わっておらず、「みんなが思い描く昔ながらのザ・PTA」みたいなイラストラフがあがってしまった。

 

まじめそうな、髪ひっつめたお母さんが、まじめに机に向かって、PTAのお仕事してる。みたいな。

 

ちがうーーーーー そうじゃないーーー そういうイメージをぶっこわしたい。いろんな人がいるし、いていいし、いてもらわないと。

 

お母さんお父さんおばあちゃんおじいちゃん兄貴に姉貴にXジェンダーに、動物でもいい。ズートピアみたいな。いやもっと言うと、実在する生物ですらなくてもいいです。

 

みたいな(めちゃくちゃな)お願いをして、この装画にたどりついた次第です。デザイナーさんすみませんでしたね。

 

版元さんの事情で、それから完成までにかなり時間がかかったため、実を言うと完成したときには、「なんでこういう装画にしたんだっけ?」と、もはや忘れていたんですけれど。

 

でも最近改めて、「やっぱりいいなぁ」と思うんですよね。

 

でもそれ、何で「いい」と思うのか、うまく説明できなくて。何がいいんだろうね。

 

いろんな人がいる、ということが前提になったら、なんかきっと、全然変わる気がするのですね。何だろうなぁ。

 

 

・・・

*昨日4/5、中国新聞に大塚インタビュー記事が掲載されました。同新聞では、時事通信のコラム「母業の今」も連載中ですm(_ _)m この連載、いまのところ山口新聞と中国新聞で掲載始まったの聞いているのですが、もしほかの地方紙で見かけたら、お知らせいただけるとありがたいです〜

 

 


卒業祝い品代の出所をPTA予算から卒対費に切り替えづらいさらに細かい理由

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なんかどうも、この前の記事(卒業祝い品)の話ばかりになってすみませんが。

 

子どもたちに配る卒業祝い品の費用は、PTA予算から卒対費に切り替えるべし、ということを書きましたが。

それをしづらい理由。もう一個書ききれなかった、でもじつは大きいのがですね。

 

ある年度から、それを切り替えるとしましょう。

そうすると、その年度の6年生は、それまでの6年生より多く負担することになってしまうから、という。

 

えーとたとえば。それまで饅頭代をPTA予算から出してたとしますね。今年度の6年生は、1−5年生のとき、PTA会費からそれを負担してきたわけです(正確には、6分の5の金額を、てことになるかな?)。

 

それを今年度から卒対費で出す、となると、饅頭代を重ねて払うことになってしまう。1+6分の5。(合ってるかな)

 

さらに細かいこというと、これまでPTA予算から饅頭代を担ったことがある2〜5年生も、同様(1+6分の1〜4、かしら)。

 

それくらい、いいじゃないの。

と、はためには思いますよね。思うんだけど。

 

でもたぶん、実際にそれを切り替える立場になってみると、決断しづらいんだろうな。というのは何となくわかる。

なんか不公平な気もするし、文句を言われるかもしれない、と思っちゃうんだろうな。

 

てことだと思います。

 

でもね、やっぱり、どっかで切り替えないと。長い目で見たら、やらないと。このままでいいわけはないので。

(もちろん、饅頭やめるでもいいんですが。もしどうしても配りたいなら、って話ですけど)

 

それをもし「不公平だ」というのなら、そうだな・・何かほかの徴収金を公費にまわすなどして、調整つけてはどうでしょ。

 

しかしまー、ちゃんと説明したら、文句いう人はいないでしょう。もしいても、それはスルーしていいと思います、わたしは。

 

以上、記事読んだときから、気付いてた方もいるかもですが。

 

 

・・・

*SAISON CHIENOWAに、大塚がファシリテーターをさせてもらった座談会記事「ママと現役PTA会長が語る、私たちが「働きながら委員活動」に参加する理由」が掲載されました。ライターさんも編集さんもお若くて、PTA未経験だったのによくまとめられて(´-`)ファシリ、たのしかったです。


家族もPTAも上から「やれ」と言われたらそりゃみんな反発するわけでもっとこう

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保護者組織(PTA含む)も、町内会も、家族も。現状、問題点があるのは事実にせよ、本来はべつに悪いものじゃないですよね。

 

でもそれを、上から「やんなさい」「無償で助け合いなさい」って言われたら、反発を感じるものでないのか、人間は。

 

そりゃ、そうしてもらえたら、国や自治体は税金節約できて助かりましょうな。でもだったらばこそ、「やりなさい」じゃなくて、本人が自分からやりたくなるように、うまく盛り立てなさればいいのに。

 

どうして、そう、やる気を奪うようなふうにばかり、するのかね。ほっといたらやらない、って、思いすぎてるんだろうかね。

 

違うよー、やれやれって押し付けられるから、やる気なくしてるんだよ。って思うんですけどー。

 

って、よく育児書に書いてありそうな話。

 

 

・・・

*3/23の北海道新聞に、PTA特集が掲載されました。札苗小PTAの、いまの悩みなどを取材し、任意加入にした先が見える、深い内容です。木村草太さん、大塚のインタビューも掲載です


保護者同士が自分と対立する意見を聞いたりお互いに話し合ったりできる場がないモンダイ

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また先日のヤフー記事(訴訟も起きている「PTAに入っていないと子どもに卒業祝い品をあげない」は許されるのか)のことですが。コメント欄、ツイート、はてブ等で、いろいろな、たくさんの意見が見られました。

 

みなさまお気づきのとおり、大きなところでは、2つの意見に分かれています。

 

 「PTAに入らないで祝い品をもらおうなんて考えがおかしい」

 

 「PTAに加入していないからといって、学校行事である卒業式の祝い品がもらえないなんておかしい」

 

コメント欄は、最初は前者の意見が多かったのが、あとから後者のほうが多くなっている印象です。

 

記事にも書いてる通り、前者は「PTA=全員加入、」という前提から抜けられない方の発想なんですけど、まだまだ多いんですよね。

 

わたしの考えは記事に書いている通りなんですが、いまはそのことを言いたいのではなくて。

 

 

その「両方の意見が可視化された」というのが、これまでなかなかなかったことなのでは。それこそが必要なことでは。みたいなことを、思ったのでした。

 

みんなだいたい、似た意見の人同士で集まるので、前者の考えの人は後者の考えの人の声を聞く機会があまりないでしょうし、逆もまた然り。

 

いまの学校で足りてなくて、且つとても必要なのが、そこじゃないのかなと。保護者が、自分と異なる保護者の存在や、意見を知ること。学校の考えもそうですし。

 

個々の保護者は、それぞれに学校に声を寄せることはできるんだけど、学校はそれに個別対応するだけだから、保護者は自分と違う考えの保護者がいることを知る機会が、まずないですよね。

学校側もそうか。一部の保護者の声しか、聞けない。

 

だから学校は、声の大きな保護者の意見を採用するんだけど、それに違和感を抱いている保護者も、じつはたくさんいたりする。

 

たとえば、部活の問題(練習時間長すぎ・日数多すぎ)など、典型的では。

わたしの周囲のお母さんたちは、大体「やりすぎ(もうちっと減らしてくれ)」といってるんだけど、学校や教育委員会には、減らすと怒る保護者の声が届くから、そっちに寄ってっちゃうのかと。

 

 

他の保護者の意見をみなさんに伝えられないのは、個人情報保護が邪魔だから、なんて話を聞くときもあるけど、それは関係ないはず。個別に聞くから、そういう話になるのでは。

 

最初から、いろんな、複数の保護者が意見を交換しあえる場があれば、そういうことは気にしなくて済むはずですよね。

 

個人情報保護が邪魔してるんじゃなくて、そういう場がないことが問題なはずで。

 

 

なんでいま、そういう場がないのか、PTAにそういう機能がないのか、というと、よく言われるように、学校(文科省)側がそういうふうにもってった、という歴史的背景もあるのかもだし、保護者のほうも、そういう場を放棄してきた、っていう側面と、両方あるのかなと。

 

そういう機能を誰が担うべきかっていうと、PTAでもいいのかもだし、PTAじゃなくてもいいのではないかと。ただ、なにかしらそういう場は、とても必要な気はします。

 

って、いやこれ、全然PTAに限った話じゃないかもしれない。日本全般、これ。

 

 

まーすいませんちっともまとまりませんが、けっこうだいじなことかなと。そのうちもうちょっと整理されて、スッキリいえるようになりたいです。

 

 

・・・

*明日3/27発売『教育と医学』4月号、「特集2 PTAの新しいかたち」に、首都大学東京の荒井文昭さん、大塚、岸裕司さん、東京理科大学の竹尾和子さんの原稿掲載です。大塚は保護者の負担というお題で書かせてもらっております〜

 


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